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大阪地方裁判所 昭和52年(ワ)6825号 判決

原告

大垣時子

右訴訟代理人

松井千恵子

被告

西谷進治

右訴訟代理人

上坂明

北本修二

下村忠利

谷野哲夫

主文

一  別紙物件目録一、二、五―一及び五―二の各不動産が別紙被相続人表示の被相続人西谷清治郎の相続財産であることを確認する。

二  被告は原告に対し一六八五万〇五〇〇円及び一〇〇万円に対する昭和三五年五月一九日から、内一五八五万〇五〇〇円に対する昭和五三年一〇月三一日からいずれも支払済まで年五分の割合による金員を支払え。

三  原告のその余の請求を棄却する。

四  訴訟費用はこれを二分し、その一を原告の、その余を被告の各負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

(主位的)

1 別紙物件目録(以下「目録」という)一ないし三、五―一及び五―二の各不動産が、別紙被相続人表示の被相続人西谷清治郎(以下「清治郎」という)の相続財産に属することを確認する。

2 目録七、八、一〇、一六、二〇及び二一の土地上に存した賃借権に代り、被告に対する五〇九二万円の代償請求権が、清治郎の相続財産に属することを確認する。

3 目録二二ないし二四の農地上に存した賃借権に代り、被告に対する二七九万円の代償請求権が、清治郎の相続財産に属することを確認する。

4 目録二五ないし二七の土地に代り、被告に対する二〇〇万円の代償請求権が、清治郎の相続財産に属することを確認する。

(予備的)

5 仮に第1項の請求が認められない場合は、被告は原告に対し、目録一、二の土地について大阪法務局布施出張所昭和三三年五月八日受付第三八九二号を、目録三の建物については同出張所同日受付第三八九三号を、目録五―一、五―二の土地については同出張所昭和四六年一二月二二日受付第二万二三九三号をもつてなした、取得者被告とする所有権移転登記を、それぞれ所有者被告及び原告とし、その共有持分をそれぞれ二分の一とする所有権移転登記に改める更正登記手続をせよ。

6 仮に第2項の請求が認められない場合は、被告は原告に対し二五四六万円及びこれに対する昭和五三年一〇月三一日から支払済まで年五分の割合による金員を支払え。

7 仮に第8項の請求が認められない場合は、被告は原告に対し一三九万五〇〇〇円及びこれに対する昭和三八年一月一日から支払済まで年五分の割合による金員を支払え。

8 仮に第4項の請求が認められない場合は、被告は原告に対し一〇〇万円及びこれに対する昭和三五年五月一九日から支払済まで年五分の割合による金員を支払え。

(訴訟費用)

9 訴訟費用は被告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  清治郎は昭和三二年九月二八日死亡したところ、その相続人は原告(昭和一一年五月二九日清治郎と養子縁組)と被告(昭和五年三月八日清治郎と養子縁組)である。

2  清治郎は生前、目録一ないし三及び二五ないし二七の不動産を所有していたほか、目録四ないし六の農地を中村梅松から、目録七ないし一九の農地を中川ヨネから、目録二二ないし二四の農地を上田辰蔵から、それぞれ賃借していた。

3  相続財産の変動

被告は、清治郎の死亡後、大阪法務局布施出張所昭和三三年五月八日受付第三八九二号をもつて、目録一、二の不動産につき、所有権移転登記を、また目録三の不動産につき保存登記を、いずれも相続を原因として自己の単独名義で経由し、さらに次のとおり相続財産を処分した。

(一)(1) 被告は、昭和四六年一二月一日、原告に無断で目録四ないし六の農地の賃貸借契約につき、右中村梅松から賃貸人の地位を相続により承継した中村ヨシ、石川和子との間で合意解約をなし、同月四日、その旨農業委員会に通知した。被告は、右合意解約に際し、離作補償として目録五―一、五―二の土地を譲り受け、農業委員会の許可を得て、右土地につき前同出張所昭和四六年一二月二二日受付第二万二三九三号をもつて所有権移転登記をなした。

(2) なお、原告は、右無断解約につき、昭和五一年一二月七日大阪家庭裁判所昭和五一年(家イ)第二六五六号遺産分割調停事件の調停期日において被告に対し、追認する旨意思表示した。仮にこの追認が認められないとしても、本訴における昭和五六年六月一六日被告訴訟代理人に到達した同月二二日付準備書面により、被告に対し追認する旨意思表示をした。

(二) 被告は、昭和三九年二月二五日、清治郎が賃借権を有した目録七ないし一九の農地を所有者中川ヨネから農地法上の手続を経て譲り受け、同年三月一三日自己名義に所有権移転登記をしたが、その後、昭和五二年六月二日、目録九、一一ないし一五及び一七ないし一九の土地と、上田善三郎所有の目録二〇及び二一の土地とを交換し、同月三日その旨所有権移転登記をなした。更に、被告は、その後、原告に無断で目録七、八、一〇、一六、二〇及び二一の土地でもつて、被告の長瀬農業協同組合(以下「長瀬農協」という)に対する債務の代物弁済として、昭和五三年五月二六日、右各土地につき同組合に対して所有権移転登記をした。右各土地は、同農協によつて、同年一〇月三一日、一億二七三〇万円で処分され、被告は、同年一一月一一日、その清算金八七五万一二一四円を受領した。

(三)(1) 被告は、昭和三七年ころ、原告に無断で目録二二ないし二四の農地賃貸借契約を賃貸人上田辰蔵との間で農地法上の手続を経て合意解約し、その離作補償として二七九万円を受領した。

(2) なお、原告は(一)の(2)で主張した機会に被告に対し、右無断解約についても追認する旨意思表示をした。

(四) 被告は、目録二五ないし二七の農地につき、昭和三三年五月八日、相続を原因として被告の単独名義に所有権移転登記をなし、更に原告に無断でこれを第三者に売却して、昭和三五年五月一九日、所有権移転登記を了し、その代金として少なくとも二〇〇万円を受領した。

4  代償財産又は代償請求権について

(一) 前項(一)のとおり、目録五―一、五―二の土地は、目録四ないし六の農地賃借権の代償財産であり、相続財産を構成する。

(二)前項(二)のとおり、被告は、目録七ないし一九の土地を譲り受けているけれども、これにより既存の農地賃借権が混同により消滅する理はないところ、賃借権付の同土地の一部が目録二〇及び二一の土地と交換された場合には、該農地賃借権は、目録二〇及び二一の土地に移転して存続する。従つて、目録七、八、一〇、一六、二〇及び二一の土地に対する賃借権が相続財産であるにもかかわらず、被告は、右各土地を取得後、これを第三者に処分したため、原告は、右賃借権の持分を得ることが不可能となつた。従つて、右賃借権に代わる被告に対する代償請求権(不法行為、債務不履行に基づく損害賠償請求権もしくは不当利得返還請求権)が相続財産である。

ところで、右代償請求権の請求額の評価時期は、原告が右賃借権の持分を取得することが不可能となつた時点、即ち、被告の債権者である長瀬農協が右土地を第三者に処分した昭和五三年一〇月三一日であるとされるところ、右処分価額は、右処分価額は一億二七三〇万円であるが、賃借権の所有権に対する割合は少なくとも四〇パーセントと認められるから、被告に対する右比率により算出された賃借権価額に相当する五〇九二万円の代償請求権が相続財産である。

(三) 前項(三)のとおり、被告は、目録二二ないし二四の農地に対する賃貸借契約を合意解約したことにより、その代償として離作補償金二七九万円を受け取つているから、被告に対する二七九万円の代償請求権(不当利得返還請求権)が相続財産である。

(四) 前項(四)のとおり、被告は、原告に無断で目録二五ないし二七の農地を売却し、その代金として少なくとも二〇〇万円を受け取つているから、右農地に代わる被告に対する二〇〇万円の代償請求権(不法行為による損害賠償請求権もしくは不当利得返還請求権)が相続財産である。

以上の代償財産(請求権)は、いずれも本来の相続財産の変形物というべきであるから、これらも相続財産に属するというべきである。

5  しかるに、被告は相続財産の有無及び範囲について争つている。

よつて、主位的請求の趣旨のとおり判決を求める。〈以下、省略〉

理由

一清治郎が昭和三二年九月二八日死亡したところ、その相続人は原告と被告であつたこと、清治郎が生前、目録一ないし三及び二五ないし二七の不動産を所有していたほか、目録四ないし六の農地を中村梅松から、目録七ないし一九の農地を中川ヨネから、そして目録二二ないし二四の農地を上田辰蔵から、それぞれ賃借して、各賃借権(以下農地賃借権という)を有していたこと、以上の事実は当事者間に争がない。

そうだとすれば、爾後清治郎の死亡に至るまでの間における権利変動の主張立証がない限り、右の財産権は、いずれも清治郎の遺産を構成することになるというべきである。

二〜四〈省略〉

五代償財産について

原告は、本来の相続財産、すなわち相続開始時において被相続人に帰属していた財産に代わる代償財産も、遺産分割の対象となる相続財産(右本来の相続財産に対し、広義の相続財産とでもいうべきものである。以下、単に相続財産というときはこの意味で用いる)に含まれると主張するのに対し、被告は、代償財産は相続開始後に生じた新たな事由に基づき各個人に帰属する固有の財産であるから、相続財産には含まれない旨反論するので以下検討する。

この問題につき、遺産分割前の共同相続財産の法的性格をいわゆる合有であると解すれば、代償財産と当然に相続財産に含まれると解することになろうが、個別的財産制の原則を貫ぬく現行民法において、合有なる観念を認めることは困難であり、その性格は、基法的には民法二四九条以下に規定する共有と、その性格を異にするものではないと解するのが相当である。しかしながら、相続開始後遺産分割前に、本来の相続財産が処分されるなどしてその代償たる財産が生じた場合、これをも本来の相続財産と同一性あるものとして、相続財産とみるかどうかは、右共有説に立脚したからといつて当然に否定されるものではなく、また、民法の規定からも文理上当然にこれを否定しているとは解されないのであつて、結局、この問題は、現行法とりわけ遺産分割に関する諸規定からうかがえる遺産分割制度の趣旨などから合目的的に決すべきであると解するのが相当である。

そこで、民法の遺産分割に関する諸規定をみてみるに、分割の基準に関する九〇六条、遡及効を規定する九〇九条、担保責任に関する九一二条の法意や規定の内容に照らすと、遺産分割は通常の共有物の分割と異なり、相続財産を全体的に把握したうえで、これを共同相続人に再分配する制度であるということができる。しかして、民法がかような制度をもうけたのは、相続財産が個々に分割されるのを避け、各相続人に存する事情をも考慮したうえで、遺産を適正且つ合理的に配分することをめざしたからにほかならない。してみると、相続開始後に本来の相続財産につき代償物が生じ、それが遺産分割時に存在するとすれば、代償物が生じるに至つた原因が相続財産の一部分割とみられるなど特別の事情が存しない限りは、その性質の許す限り、これを相続財産とみて遺産分割の対象財産に含ませるのが、より衝平で妥当な分割を可能にし、遺産分割制度の趣旨にそうものと解せられる。

そこで、次に、原告が相続財産であることの確認を求める個々の物件等が右代償財産といいうるかを検討する。

1  目録五―一、五―二の土地について

同土地は、被告が目録四ないし六の農地の賃貸借契約を原告に無断で合意解約した際、その離作補償として譲り受けたものであること、その合意解約及び譲り受けが農地法上の手続を経てなされ、同土地につき被告名義で所有権移転登記がなされていることは当事者に争いがないところ、同土地の農地賃借権が清治郎の本来の相続財産に属することは、前叙のとおりである。そして、共同相続人である原告に無断で解約がなされた点については、原告が、昭和五一年一二月七日、大阪家庭裁判所における昭和五一年(家イ)第二六五六号遺産分割調停事件の調停期日において追認の意思表示をしたことは被告が明らかに争わないからこれを自白したものとみなすべく、そうだとすれば、右解約は遡つて有効と認められるところ、これを一部分割とみるなど特段の事情は認め難い。そうすると、離作補償の趣旨の中に被告の耕作という事実が考慮されていたとしても、そのことは遺産分割の際に斟酌されるべき事柄にとどまるのであつて、右五―一、五―二の土地は、本来の相続財産である右賃借権の代償たる財産ということができる。

2  請求の趣旨第2項の代償財産(請求権)について

原告の主張は、請求原因3(二)及び4(二)のとおりであるが、要するに、被告は本来の相続財産である目録七ないし一九の土地に対する農地賃借権を消滅させてその対価を利得し、損害を与えたから、被告に対する右対価相当額の請求権が代償財産であるというのである。

しかしながら、右対価が原告の主張どおりであるかはさておき、右原告の主張によれば、被告が右対価全額をすでに利得しているというのであるから、原・被告間で、事前に右利得分を被告において保管し、これを後日遺産分割の対象とする旨の合意をしているなど特別の事情が存しない限り、もはや原告の被告に対する自己の持分についての、実体法上の請求権が残存するにすぎず、遺産分割手続において、右被告の利得を事実上考慮するのは格別、原告が主張するように、被告の利得額全額に対し、あたかも相続財産に法主体性を認めるかのような代償請求権なる概念をもうけ、これを相続財産ということは現行法のもとにおいてはできないというべきである。

そうすると、本件において右特別の事情が認められないことは証拠上明らかであるから、原告の主張は失当であり、その余について判断するまでもなく請求の趣旨第2項の請求は理由がない。

3  同第3及び第4項の代償財産(請求権)について

原告の主張するところは、請求の趣旨第3項については、請求原因3(三)、4(三)、同第4項については、請求原因3(四)、4(四)のとおりであるが、いずれも代償財産(請求権)に関し、右請求の趣旨第2項のそれと同様の主張をするものであるから、前項で述べたのと同旨の理由により主張自体失当というべきである。従つて、その余の点を判断するまでもなく請求の趣旨第3項及び第4項の請求は理由がない。

以上のとおり、請求の趣旨第2ないし第4項の請求は認められないから、以下その予備的請求である第5ないし第8項について判断することとする。〈以下、省略〉

(石田眞 松本哲泓 河合健司)

被相続人の表示、物件目録〈省略〉

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